97. 静かな 水底の 泥

もう夜だったのに田中さん、あなたのアパートまできてくれました。

あなたが、田中さんを迎えに行っている間、私がこのまま帰ったら、
全部が魔法掛けたみたいに消えるかな。と思っていました。
「ホントに帰っちゃおうか?」って考えたら、
a0134863_6433936.gif
何かおかしくなって、一人で声を出して笑ったり。

「さあ、うちへ行きましょ」
「うん」
それだけでした。
田中さんの後について、彼女のアパートまで行きました。

私、ケロッとして、後についてというより、もしかしたら、
さっさと先に立って歩いていたかもしれません。

あなた、あの晩どうしたのかしら。たぶん、きっと、
先輩からまわしてもらった仕事を、何もなかったみたいに続けたんだ。? 

心に波を立てない人、と私、思っていたし、
兄さんや、みんなが、そう見ていた、と思う。

私は、自分が抱えている大きな重い石を、あなたの心の中に、
ぶち込んでみたかったんだ。きっと。
そして、波をたてるだけでなく、あなたの心の水底の、
泥を巻き上げようとした。でも、そんなことはできないと、分かってたよ。

田中さん、あの日自分のアパートにつくまで、何もしゃべらなかった。
by chigsas | 2010-08-25 06:46 | 小説