105. 小さな 響きが 泡立つように

でも、私、本当に家族は要らなかった。一人でよかった。

子どものとき海水浴に連れて行ってもらって、
広い川口から、海のほうを見た、あのときの感じ。
腰くらいの深さの水の中でちょっとしゃがんで、
顎あたりまで、水の中に入って海の方を見た。あの感じ。

訳の分からないまわりの物、水か空気か風か生き物か、
まといついても、私とは関係ない存在。

私が、恐る恐る、あなたのアパートに電話したのは、
多分一週間くらいしてからだった。誰もいない事務所の電話で、夕方、
もう暗くなっていました。

新しいあなたのアパート、部屋に電話がありました。
ベルが鳴れば、あなたが直接受話器を取る。
想像するだけで怖くて、ダイヤル途中まで回して受話器置いて、
を何度も繰り返して、やっとつながった電話。

「はい、野田です」

あなたの声、小さな響きが泡立つようにして、私にしみとおってきた。

その泡に、溺れるように耳澄ませてしまいました。
「野田ですが・・・」

「ア、・・オオタ、・デス。」
私も、小さな泡粒、消えてしまいそうな泡みたいな声になっていました。
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こんどは、あなたが黙ってしまった。
by chigsas | 2010-10-14 07:05 | 小説