20. 夜の喧噪の なか

「そういえば、マサオくん・・・」
振り返ったあなたの顔見て、兄さんたちのまねした「マサオくん」と言う
呼び方がふさわしくない、と気がついたのです。

「野田さん下駄はいてないんですね」
「ここ、廊下がモルタルだから、音、響くんだよ。ビニールの突っかけ、
かっこよくないけど・・・」
「ごめんなさい。急におしかけたりして。もう・・・」

スケッチブックとバッグつかんで、立ち上がった私に、あなた、
ちょっとびっくりしました。わたしは、もう用事すませた気分だったんです。

「駅まで送るよ」とあなたもいっしょに立ち上がって鍵締めて、
表に出たら、もう夜、あたりの景色もすっかり変わっていました。

着物をきれいに着こなして背筋のばした女性が、前を足早に行きます。

「このあたりのアパート、うちの他は、ほとんど夜のお勤めの人。
それで、おふくろ余計心配する。自分の息子を、全然信用してないんだよ。」

「・・・で、何か用事あったんじゃないの? 就職ってどんな仕事?」
「仕事はじめたこと、母さんにも父さんにも内緒・・・、それで、マサオ君、
じゃない野田さん思いついたんです。
すみません。ご飯までごちそうになったりして。」

広い通りに出るまで、二人とも黙って歩きました。
あなたが困っているの、わかります。

「ハンカチのデザイン」
「え?」
声はパチンコ屋さんから聞こえる大きな音楽に消されがちです。
それで、そのまま駅まで黙って歩いてしまいました。
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by chigsas | 2009-08-13 07:23