27. あの頃の こと

何年か後で、デパートのバーゲン台の山ひっくり返していたら、
見覚えのあるハンカチがでて来て、あわてて山の下に隠しました。
クローバーの葉で縁を取り囲んだデザイン。
多分私の作品で唯一メーカーが買ってくれたもの。
もちろん「売れないデザイン」でした

所在なくてなんとなく見ていたバーゲン台の周りに、
あの工房のお昼休みのおしゃべりのざわめき、よみがえりました。

「片山さんのは、いいデザインだから
今週もきっと売れるよね。うらやましい。」
「ううん、私のなんてだめ。後藤さんこそ、
いつも買って貰えているじゃない、ねえ。」
「そうだよ、ねえ」

「ハンカチのデザイナーは私には無理」と、恐る恐る電話したのは、
駅近くのボックスからでした。
ちょうど梅雨に入る頃で、少し強い風が打ち付ける雨の滴が、
電話ボックスのガラスに斜めに流れていました。

ボックスを出ながら、雨だから今日は母さん絶対来ない、
と気がついたのです。
部屋に戻って鍵を開けていると、
一番奥の部屋の人が流しでお茶碗洗っていました。
私が初めて友達になった年上の女の人。
母さんよりいくつか若そうだけれど、全然違うタイプの人でした。

引っ越して2日目くらいに顔を洗っていたら、
「おはようございます」
って声かけてくれた。
「学生さん?」
「いいえ」
「じゃあ、お勤めですか?」
「いいえ」

その時はそれだけだったけれど、親しくなれるかもしれない、気がしました。

私の部屋の前の廊下に広い流し台とカウンターが有って、
そこが台所で洗面所。廊下の突き当たりにお手洗い。

あの頃のこと、こんな風に思い出すと、
私があそこで抱えていた重い心もいっしょに、戻ってきます。
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by chigsas | 2009-08-28 06:27