31. 響きあう 音

電話が終わって、頭がパンパンになっていた私を、金田さんはお茶入れて
まっていてくれたようでした。ちょっとぬるいお茶おいしかったこと。

一息して私が小銭入れから出した10円硬貨二個を、金田さんは。
食器棚の隅の小さなアルミ缶にいれます。目が合うと
「息子がかけた電話代もこの中に入れてるのよ」
と、ちょっと笑いました。

電話で聞いた内容や面接に行くことになった予定など、簡単に話すと、
「じゃ、月曜に美容院にいくのはどう? 
私も、そろそろカットしなければ、と思ってたとこ」
すぐ電話かけて、行きつけの美容院を予約してくれました。
その日は午前中、金田さんの部屋だったと思います。

湯飲み片付けて、ちゃぶ台をさっとふいて金田さんは仕立物をひろげます。
眼鏡かけて、静かに、だけどリズミカルに手を動かしている姿を見ていて、
どんな風にしてこれまで暮らして来た人かしら、と思いました。
不思議なことにその時、田絵子さんの歌うたっていた横顔が浮かびました。

金田さんの<過去>と、あなたと田絵子さんが二人で創っていく空間の
<未来>が、重なって私の心の中で、透き通る音で響きあっていました。

でも、その時まだ、わたしは知らなかったけれど、
たぶん田絵子さんはもう亡くなっていた、のです。

鏡の前に椅子に腰掛けた私にケープを掛けてくれながら、美容師さんは、
「まだ二十五くらいでしょ。若いっていいですね。」
と、後のソファに座っていた金田さんに、鏡の中で笑いかけました。
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by chigsas | 2009-09-05 14:17