32. 鏡の中に 見える

「明日、彼女、就職の面接なんですって。」
「じゃあ、思い切ってカットした方がすっきりして、ウケも良くなるかも・・・」

二人のやりとりを聞きながら、鏡の中の私、見てしまいました。
まとめて三つ編みにし髪を背中に垂らして、こっちを睨むように見ている目、
確かに二十代半ば過ぎて、少し生活に疲れ始めた女の顔でした。
あわてて目をそらしたら、

「お願いだから、美容院へ行ってちょうだい」
何度も言われ続けていた、母さんの声がきこえました。

髪をシャンプーされ、肩に掛からないように切りそろえられて、
ドライヤーかけられて、手鏡渡されて・・・。
その中にうつる顔見ていたら、美容師さんは上手に手鏡の角度調節して
後の髪型も見せてくれました。
「はい」とだけ小さく言って大鏡の中の美容師さんを見ると、

「失礼なこと言ってしまったかしら、まだ二十歳前ですよね? 」
恐縮して体をこごめるようにするのに、
「いいえ。すっかりかわいくしていただいたから、
これで明日の面接きっと成功よ! ね。オオタさん」
金田さんはやわらかく笑います。

切り落とされた髪といっしょに頭の中や肩の上に持っていたいろいろな物が
みんな消えてしまっていました。
回してくれた椅子から下りるとき、自分が消えてしまうみたいに軽くなって、
少し不安で、心もとない気分でした。
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by chigsas | 2009-09-07 06:38