36. ビール コップ一杯

ビールコップ一杯だったけれど、金田さんも私も、それぞれホントの自分に
なっていました。あの六畳の部屋がそのままふわーっと広がって、
やわらかな宇宙の真ん中に二人いるような。
幸せってこういうことかしら、と思いました。

「父親がいなくて育ったから、早く家庭を持ちたかったのかもしれない。」

息子さんは二十二歳で国鉄に勤め、官舎に住んでいること。
去年男の子が生まれたこと、息子さんが結婚するとき、それまで住んでいた
千葉県の家を売って、官舎に近いこのアパートに越してきたこと。
話してくれました。

「あの子も、努力してるのね。彼女もいい人だけれど、
なんて言っても二人とも若いから・・・」

ふっと、母さんの顔が浮かんだ瞬間
「お母様、今日も見えていたようね、台所にいたら、何か言いたそうに、
ちょっとの間、そばに立って、それから、
『なにかご迷惑かけていませんか? よろしくお願いします』
って帰られたけれど・・・」

次の日は「POP制作会社」の面接に行く予定でした。
事務所に向かう途中で電話して面接にいけなくなったことを伝えると、
気のよさそうな男の人が、「なぜ?」と具体的な理由を聞いてきました。
つい言ってしまった嘘。
「母が就職すること許してくれないので・・・」

「えっ? なぜ」
「予備校に通いなさいって・・・」
「・・・そう。・・・じゃ、仕方ないね」

母さんダシにして。
電話きってから、心がいっぺんに暗くなってしまいました。
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by chigsas | 2009-09-16 14:18