40. その日 電話も しないで

スリッパが決定的でした。
選んだスリッパが、私がどんな人か、先生達に、いいえ何より、
私自身にはっきり見せてくれたのです。
具体的には思い出せない。けれど、スリッパ売り場を
何回も行ったり来たりして、迷った末に決めたものでした。

スリッパを床に置いた瞬間、先生とノブちゃん、顔を見合わせました。
部屋の中流れていた柔らかい空気が、止まって重く固くなっていました。
二人の足下見ると、先生は濃いグレーと白、ノブちゃんはネイビーと白。
横縞の同じデザインのを、はいていました。

「ノブちゃんが明日、買ってきてくれるから、
それは多田さん、じぶんちで使うといいよ」

その日、電話もしないであなたの部屋にいきました。

入り口の戸ノックしたらすぐに開いて、あなたのびっくりした顔と、
石鹸の匂い。テーブルの上には、真っ赤なタオルがはいった白い洗面器。

「風呂から帰ったところ。今日は暑かったから、早く行ったんだ、
いいよ、入って・・・」
窓の外のロープにタオル干しているあなたの背中、
白いTシャツ。ぶわーっと大きく広がっていきました。

ゆっくりと、というのか、手を止めて、一瞬何か考えていたんでしょうか。
あなたは、こちらを向きました。

「や、ハンカチのデザインの仕事、どう? 
ちょっとだけ、デザイナーさんらしくなった、ね。」
「違う。いまは、デザイン事務所のアシスタント」

「?」
黙って冷蔵庫から缶ビール出して、紙コップに少し注いで、
ちょっとこちらに押してから、あなたはいっきに缶の中身を飲んた。
のどを流れ落ちるビールの冷たさが、わたしの胸を通り抜けていった。
ごくごくと動くのどの骨に私、ふっと指をのばして
触ってしまいそうになりました。
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by chigsas | 2009-10-05 09:51