48. ショルダーバッグ かけたまま

耳の横で小さく手を振って、二人は反対向きのホームに下りていきました。

電車を下りてバスを待つ間に自分がいる空間が、
現実のものになって身体の周りに戻ってきます。アパートの部屋。
金田さんはこのごろ顔を合わさないけれど、もしかしたら、
心配しながら、わざと避けくれている? 

それからあなた。見たことない学校と、あのアパート、多分きっと、
他のことは小さなかけらさえ入る余地ないほど、
デザインの課題に集中している。

明日は、境事務所には出勤しない。

バスのいちばん後ろに腰を下ろすと、
「引っ越し」という言葉が胸に、浮かびました。

扉のない門の横の、生け垣で立ち止まって、アパートを見ました。
狭い玄関のドアの上と金田さんの部屋だけ明かりが灯って、
静まり返っていました。ずっと遠くできこえた犬の鳴き声。

玄関入って、右手のスイッチ押して明かりをつけ、靴入れに靴をしまう。
音がしないように階段昇って、部屋の明かりもつけないで、
ショルダーバッグかけたままベッドに仰向けになりました。

やっぱり、糸の切れた凧でした。

お腹もすいていました。昼は境事務所の近くの喫茶店でランチを食べた。
バスの中でバッグからミルキーを一粒見つけてなめただけだったから。

冷蔵庫から何か、と気がついて起き上がるとき、
背中で紙がカサッと音を立てたけれど無視した。
冷蔵庫の扉開けると、薄明かりが部屋にひろがった。 
そのまま扉閉めてベッドに戻ったら、窓から差し込む月明かりの中、
バッグの横に小さな紙切れ。手帳をちぎったらしい、ギザギザに切れている。
「かあさん」
48. ショルダーバッグ かけたまま_a0134863_15342799.gif

by chigsas | 2009-10-27 15:40