56. どこへ 行こうか なァ?

そういえば一度、彼女の書の展覧会の案内カード貰ったことありましたよね。
今もファッションメーカーに勤めながら、書を続けてるのかしら。
もう十年以上会っていないけれど。高田君一緒なのかしら。

あの葉書「気持ちのいい字だ」ってあなた、
しばらくの間玄関の壁に留めてましたね。おぼえてる?

次の日のこと、細かいこと何も覚えていないけれど、大家さんから鍵貰って
部屋開けたらほとんど同時くらいに田中さんが現れたんでした。
高田君のお友達は荷物運び込んで、
「じゃあ。仕事だから」
と帰っていきました。

友達というから、同い年くらいかと思ったら、ずっと年上らしい。
おじさんでした。

布団と、服と、食器の入った段ボール、
スケッチブックなんかの小物を入れた段ボール。荷物といってもそれだけ。
全部入れても一間幅の下半分だけの押し入れが、がら空きでした。

「私は学校行くから、多田さん、さっと片付けしてからデッサン教室でね」
わたしは一人で放り出されてしまいました。

何もない部屋にぼーっと座っていたけれど、なにもすること思いつかなくて。
他の部屋の住人はみんな出かけたらしくて、シンとしています。

外に出てみたら、来たときには締まっていた床屋さん、お店開いていました。
ホントにお店だけの十畳くらい。中年の男の人が、掃除機かけています。

こんどこそ、ホントの糸の切れた凧。と思いました。
思いっきり自由。だけど、どこにも行くところがない。
お腹がすいていることにも、気がつきました。
朝、顔を洗っただけで水も飲んでいなかったんです。
部屋に戻って、デッサンの道具担いで、鍵締めて、とりあえず電車に乗って。
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by chigsas | 2009-11-22 05:24