60. あなたの あたたかな

「ありがとう。ごめんなさい。」
「おじさんにだけは、会社にでも電話しておいた方がいいかもしれない」

急に立ち上がって部屋を出た私に、あなたの小さな声が追いかけてきました。
どのくらいあなたの部屋にいたんでしょうね、あのとき。

駅までの道歩きながら、気持ちはもうだいぶ落ち着いています。
あなたの柔らかで暖かい空気が私の周りを、取り囲んでくれていたんです。
今日は土曜日なんだと気がつきました。慌てることはない。
もし母さんがやってくるとしても明日の午後以降なんだから。

前のアパートに帰って冷蔵庫の物でお昼食べました。
秋の服も大きな紙袋につめて持ち出しました。
金田さんは、流しで洗い物をしていました。ずいぶん顔を合わせていません。
「あら、こんな時間に珍しいこと。また、おでかけ?」
「ええ」

とても悪いことしている、と思いました。
近いうちにちゃんと話しに来なければ。荷物だけでなくて心も重くなって、
下を向いて歩きながら、階段もなんだか急で。
不安でした。

勘のいい金田さん、きっと、あの数日間私がばたばたやってたこと
気づいていたに違いありません。

荷物を新しいアパートに置いて、デッサン教室にいくと、
土曜日の午後だから、にぎやかでした。
デッサンには全然身がはいりません。

日が暮れかかった頃、田中さんと高田さんそろってやってきました。
顔をみてほっとして、でも、
「いろいろ、ありがとうございました」
というのが、やっとでした。
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by chigsas | 2009-12-04 09:38