69. 触るのも 触られるのも いや

父さんも、母さんも、兄さん達も、知らない人に近い。
いくつもの空気の層にさえぎられている。
あなたは、たぶん鏡の向こうで、直ぐそばにいました。でも、
触ることはできない。

「アイスコーヒーのグラス掴んでいる親指のに小さなイボがあったの」
「ンっ?」
とあなた、私の親指を見ようとしたみたい。
私はあなたが出してくれたお水を飲もうとしていました。

「イボなんかないじゃないか」
「違う。私じゃないの。山屋くんの」
「?」

「映画見ようって誘われて、待ち合わせした喫茶店で。
そのまま帰りたくなっちゃった、
悪いから帰らなかったけれど。」

「あの指、触るのも、触られるのもいや。」
なぜか、この言葉は、言ってはいけないと飲み込みました。
でもこの言葉が浮かんだから、この日の出来事と、山屋さんの名前を私、
今まで覚えていたんです。

あの時も、いつものように突然あなたの部屋にいきました。
あなたは就職のために先輩に会ったりしていた頃だから、
いないことが多かったけれど、その日は運良く部屋にいました。ね。

そのころ喫茶店は、もう私、やめていた。

何ヶ月目くらいか、あのお店紹介してくれた職安の人が改まった顔で、
ママを訪ねてきた。その前にも何度もお店にきていたんです。
いつもは常連のお客さんと言った感じで気楽な様子でした。
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by chigsas | 2010-01-14 05:50