71. 氷 の カケラ 

喫茶店をやめたからデッサン教室には昼間行くようになって、
山屋さんとも顔を合わすことなくなりました。

あれがデートだったとしたら、私には始めてのことだったけれど。
映画見ている時も食事中も私はなにも考えても、感じても、いなかった。
山屋さんといる間は、あなたという存在も、私の中から消えていました。

あの時のあなた、不思議な顔してた。
おぼえている? あなたどんな気持ちだったか。あのとき。
私が始めて見たあなたの「不愉快な顔」。笑っているのに
何を考えているのか分からない顔でした。

「あ、私のこと、イヤなんだ」
私の心の中に冷たい透き通った物が、刃物のように滑り込んできました。
それは私の心に根を張って、知らないうちに私の心の一部になって。
今も・・・・・。

ちがう、かな。小さな氷のカケラに気がついたのは、もっと前だった。
多絵子さんの歌が流れていたお茶の会でうつむいていたあなた、あのとき。
高2の展覧会のあと。
小さな氷の薄いカケラが、私の中にツツッと滑り込んできたのです。

あなたのあの「不思議な、不愉快な顔」を見たときから、ずいぶんのあいだ、
私はあなたのところに行かなかった。
どのくらいだったか思い出せないけれど。ずいぶん長い間だった。

就職のことで忙しかったんですよね、あなた、あのころ。
わたしのことなんか、全然。頭の隅にさえなかった。
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by chigsas | 2010-01-24 09:53