72. 私 ホントは 泥の固まり

でも、あなたはいつも、私の直ぐ傍の鏡の向こうにいました。
それは私の心だけのことで、あなたの与り知らないことだったけれど。

知らなかったけれど、あの頃母さんは、
ときどきあなたのところに電話していたんですね。

私って母さんにとってそんなに怖い娘だったのかしら。
私から見たら、母さんなんて、私の意識から消えてなくなってほしい女
だったんだと、今は思うの。でも、あの頃、母さんが振り込んでくれるお金、
ちゃんと使っていたんだから。最初から分かっていたように
私の方が母さんの百倍も嫌なやつ。だったんだ。

いつだったか忘れたけれど、
私がアパートを引っ越して直ぐの頃だったような。
「おばさんが電話してきて、郵便局の口座にときどき木実の生活費
入れておきますからって」
「いらない! そんなもん。 私、自分で働くもん」
「かっこ良くなくても地味でも働くのがいい、っておじさんは思ってる
らしい。おばさんだって、学校にいくことにこだわっては・・・・」

でもそのとき、私一番聞きたかったのは、
あなたがどう思っているかだったんだ。
あなたは、私のことを全然他人みたいに思っている。
泣きたくなったけれど、私、泣きたいときに泣くことできない。

ちがう! 泣きたくなったんじゃなかったのかもしれない。
心の中の冷たい物が私をしばりつけていた。縛り付けられて私、
大きな汚い泥の固まりになってたの。あなたの前にごろんと転がってた。
わたし、本当は泥の固まりだったんだ。

今だって泣きたいんだから。私。ホントは。
それなのに、おおきな泥の固まり、のまま、湿っぽくて、
カビ臭くて、ゴロッと転がっているんだ。

あなたがいなくなった今、私がケロッとして生きているって、
兄さんたちも、思っているし。あなただってそう思っている?
ケロッとしているんじゃなくて、泥なのあたし。

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by chigsas | 2010-01-28 06:05