カテゴリ:小説( 83 )

「大変そうに見えるんだ。ちっとも楽しそうじゃないし」
何年くらい前だったか、久しぶりで私があなたの仕事場に寄ったとき。
やはり冬の初めだった。
あなた、机の前に座ったまま、寒そうにちょっと身体すくめてこっち見たの。

あたし立ってたから、上からあなたを見た。
夕方で、ガラス窓の向こうに夕焼けがひろがっていた。
あなた、不思議な表情で笑ったのよね、あの時。
笑っている目が夕日で乱反射した。どこかで見た目だって思ったけれど。
・・・あの目、お母様の目と同じ、今気がついた。

あのときはまだ、お母様には一度も会ってなかったから、
「どこかで見たことがある」と思った、
のじゃあ、なかったんだけれど、
まるで見たことがあるような不思議な感覚だった。

今思い出すと、夢の中のことだったのかな? 違うかしら?

篠原事務所、仕事の方向転換したのよね。あのころ。
あなたがあのことを言うまで、
私はそれに目をつむっていたんだ、たぶん。
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by chigsas | 2011-08-31 12:19 | 小説
「親のわたくしだって、何を考えているのか、
全然分からないんだから」
お母様の声、きこえます。
「ほんと、そうですね」
今なら確信もって相づちを打てます。
わからないし。分らなかった。分ることなんてない、絶対。

何日か前に、段ボール二つもって帰ったから。
仕事場をひき払ったんだとは思ったけれど。
あなたは何にも言わなかった。

次の仕事探すのかな、それとも、

少しのんびりするのかな。と思った。

うそ、違う、ちがう。
「普通の人はそう思うのかしら?」
って考えたのかなあ。
ううん! それも違う! 何考えてたんだろう、あたしあのとき。

「このちゃん、勤め辞めてもいいじゃない?。」
「えっ! なぜ?」
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by chigsas | 2011-08-22 06:34 | 小説
あたしの部屋は、あなたが最後に見たときのままの、ごしゃごしゃ。
いや、もっとごしゃごしゃがひどくなっています。
それで、いつのまにかあたし、
ここで眠るようになった。
ごめんね。

あの日あなた、夕方近く、
「ちょっと出かけてくる。多分遅いかもしれない。」
それだけだった。ね。
そんなこと一度もなかったのに、私、
普通のことみたいに思ったの、あの時は。

その晩は帰ってこなかった。
心配じゃなかった、っていうと嘘。でも、心配しちゃあいけない。
きっと心配されたくないんだ。って。思った。

その二日後の朝、電話で起こされた。
「警察?」
何を言われたかも分からなかった。パジャマのまま、大兄さんに電話して、
またベッドに潜り込んだ。
何年も連絡もしなかった兄さんに電話がつながった。「ふしぎ!」

あなたが消えた。
私、きっと、ずっと前から、あなたが私の前から一瞬に消えるって
知ってたような気がするの。今は。
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by chigsas | 2011-08-06 11:30 | 小説
あたし、あなたが仕事しているのを、傍で見たことがなかったんだ。
あなたの仕事場に行って、いっしょに帰る時、定規を丁寧に拭いて
鉛筆もロットリングもちゃんと決まったところに立てて、
床の消しゴムの屑を丁寧にほうきで集めて、
ちりとりでとる。

それから最後に机の上を乾いた雑巾で拭いているのを待つていて、
「あなたは野生動物だ」と思った。
そのたびに、いつも、
あの最初に見た下駄をはいた足が頭をかすめたの、なぜかしら?

もう、消えてしまった、どこにもなくなったあなたの仕事場、
「あそこへ行こう!」って何度も思うけれど。最近。
もう消えちゃったあそこへ行きたい。

生成りのきめの粗いシーツ。ピロケース。
このざらざらした肌触り。

今は、あなたの匂いがここから少しずつ消えているかもしれない。
気がつかないうちに。
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by chigsas | 2011-07-27 09:42 | 小説
今思い出す、「ハモニカの穴」の一つみたいなあの部屋、
美代ちゃんと行った、公園の向こうの下宿と、
同じ匂いしてたんだよ。カビの匂いに近いけれど、全然違う匂い。

いくつか変わった仕事場、どこも、おなじ匂いだった。
必要なものしか見えていない場所。

人が、長い間、そこにいたはずのに、何の痕跡もない場所。
そこで暮らした人の息の香りだけが、少しずつ積み重なった匂い。

どの仕事場でも、あなた、
帰るときには、何もかもきれいに片付けていたでしょ。
自分のいた痕跡を残さないように。

仕事場を持ってから、
私がいくといつも、すぐ仕事を片付け始めた、
そういえば・・・・・。

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by chigsas | 2011-07-20 13:58 | 小説
そう言えばあたし、あなたのこと、全然知らなかったんだ。
仕事のことも、私と一緒にいない時、どんな顔してるかも、
知らなかったんだ。

デザインていう仕事、あなたの場合いつも
製図板とT定規、細い鉛筆、ロットリングの世界だった。

世の中が急カーブで変わっていっても、
小さな囲いの中であなたがしていることは変わらなかった。
機械が入り込む隙間なんてなかった、よね。

ときどき、
あたしと顔を合わせたくない理由があるのかな? 
と思うほど、あなた、家にいなかった。

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もし、そうでも、
あたしは平気でした。
あなたが私と顔を合わせたくないなら、それでもいい。
そう決めていたから・・・・。
by chigsas | 2011-07-16 09:27 | 小説
最初に東町のうちの玄関のところでであったあなた。
あの時のあなたは、お祭りと結びつくんだって、今気がついたの。

ヒトが人間として社会を作っていく時に、
差し障りのある「ある種のエネルギー」、これは多分「性」と
深く結びついているものと、
いつからか感じ始めているんだけれど。

そのエネルギーの空気抜き装置がお祭りなんだ。
あなたが、聖書に求めたものも
それと関係があるんじゃないかしら?

お祭りのあの暗さと怖さ。
『そんなこと気づかない振りでニコニコ楽しむ』
なんて、恐くてできないよね。

あなた、そう言えば鹿浦さんと、遊びにいったこと、
なかったんじゃない?
一度だけ飲みに誘われたんでしたっけ。
なぜ、鹿浦さんとあなたが親しかったか、
お仕舞いまで、分らなかった。
もちろん今も、分んない。
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by chigsas | 2011-07-09 21:00 | 小説
vあたしの育った街には、お祭りってなかった。
デパートとか商店街の『xx祭り』という名前の
催しはあったけれど。

母さんの田舎で始めてお祭りに行ったときの、
あの感じ。心が重くなるの。

寂しいお宮の周りに夜店がいっぱい並んで、太鼓と笛の音。
提灯がつくから余計に暗い感じがする。
みんなが浮かれて歩いているのも怖かった。
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ヒトが、暗い空間の広がる地球の上で、暮らしていて、
内にため込んでしまう狂気を発散させる装置がお祭り。
って、そのとき、薄々気がついたのかもしれない。

わたしが、私として目を覚ます、最初の小さなトリガーだった。
母さんの田舎のお祭り。

あなたは、どこで、目を覚ましたのかなぁ?
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「お祭りって嫌い」って言ったとき、あなた、
何にも言わなかったから、
あなたの街にはお祭りがあるんだな、と思ったけれど。
あなたは、お祭りとか全然関心ないみたいに見えた。
それで、なんだかあたし、ほっとしたんだ。

あなたも、お祭りには関わりたくないんだ、
と私が勝手に決めて安心したのかもしれない。
by chigsas | 2011-07-02 20:18 | 小説
いくつものスティールの囲いの中に
あなたみたいにフリーの人が、それぞれ仕事場を持っていて、
あそこも、不思議な空間だった。まるで蜂の巣。

そういえば、あなたの仕事場はいつも、
鹿浦さんの隠れ家だったのよね?
何度か、鹿浦さんのガールフレンドとあたし、鉢合わせしたもの。

それも、勤務中というのか午後の時間に。

みんな、自分のことに夢中で、
隣の囲いの中で起きてることや話なんか、耳にもはいらなかったし、
気にもしてなかった。

あのころ、みんな浮かれて、ハイだった。
あたしとあなただけは冷めていたけれど。

周りはお祭りだから、あたし達何も気にしなくてもいい。
気楽だった。よそのお祭りにまぎれこんで、二人で、
シラーッと見ている感じ、きっと他の人から見たら、
ちょっと気持ち悪い二人、だったかもしれない。

わたしたち、それが気軽でよかったんだね、二人とも。

お祭りって嫌いなの。
話したことあったよね。
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by chigsas | 2011-06-27 06:53 | 小説
「上野を8時の特急で帰りますから、
その前に1時間くらい話できるように。
真雄の事務所に連れてってくださる?」

パッパッと電車の乗り換え時間も計算して。

わたしは、ただ、うろうろ。

あのハモニカのような事務所のあったあたり、
今は大きなビルになっている。

あの小さな扉を
忙しそうに開け閉めして出入りしていた人たち、
どこに消えたのかしら。

あの狭い廊下で行き会っても知らん顔で
すれ違ったいた人たち。

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あたしもそうだったけれど皆、
あそこに出入りするのが後ろめたいみたいな感じだった。

お母様が見えたときは、でも、あなたの仕事場は、
あそこの事務所ではなかったのよね。

あの頃はもう、ハモニカみたいな事務所の次の、
また次だったかしら。

鹿浦さんの会社が借りている大きな部屋を仕切って、
その一つがあなたのスペースだった
by chigsas | 2011-06-20 06:33 | 小説