カテゴリ:小説( 83 )

しばらくして思いついたことが、
「おととい、いったとき、全然、そんなそぶりもなかったのに・・・」
でも、言葉にはならなかった。

あなたも、だまったまま。で、あたしの方が、切り替えは早い。
「あたし、おてつだいするよ」

一瞬黙ってから
「いや、コノちゃんに手伝ってもらっても」
「困るんだ! ふン 邪魔になるだけだ、もンね」って言葉のみこんで
「ンじゃー」

帰り支度して立って電話してたんだけれど、
そのまま椅子に腰を落としてしまった。
一人でお湯を沸かして、インスタントコーヒーをマグに溶いて、
また椅子に腰掛けた。

ぼーっと座っていたら、篠原さんが帰ってきた。

「どうしたの?」
「帰るとこでした、びっくりさせて・・・。すみません」
「遅くまで、ご苦労さん。きをつけて」

事務所のドアを閉めて、廊下から階段降りながら、あたし、
「あなたのところに今晩のこと聞いてもらいに行なけりゃ!」
って思っての。
あたしの頭の中には、あなたがもう一人いたんだ、あのとき。
もう一人のあたしが、
「野田さんに話そう!!」
そう思ってたの。そうすれば、いいんだって。
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あの晩はすごく長かった。
by chigsas | 2011-03-07 12:38 | 小説
ゴミ箱の横の箱にはいっていた子犬を、近所のうちの植木の下に隠して、パンと牛乳置いてきたらしい。
帰りに、二人でその犬を見に行くことに決まったみたいだったけれど。
なぜこんなことを思い出したのかしら、私。

あの犬、それからどうなったのかしら?
通りがかりについてくるもんだから追い返すことができない、捨て犬。

いつものように押しかけるつもりで、あなたに電話しました。
「うーん、今日は、ちょっと。カンベン」
不意をつかれた私、
「ん? なぜ」
「なぜって、んーん。・・・取り込み中なんで」

夕方の篠原事務所の電話だったけれど、事務所の建物がいっぺんにぐらっと揺れた。灯りも暗くなった、いや、もしかしたら反対に目がくらむくらい明るくなったのかもしれない。
「引っ越しの準備で」

「・・・・」
「・・・・」

「まだ話してなかったけれど、・・・・・」
「きゅうに、決まったことで・・・」
手に持っている受話器、音を立てて震えだしてたかもしれない。

「仕事場、もつことになったんだ。ここで仕事するの、落ち着かないし」
その瞬間私の頭、真空になった。
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by chigsas | 2011-02-23 14:48 | 小説
耳を澄ましてみました。息も止めて。
でも、隣のあなたの部屋、静まり返っていました。
あの夜も、
世の中で目を覚ましていたのはあたし一人だったんです。

あたしはペットじゃない。
そんなに可愛くないもんネ。

小学校何年だったか、隣の席の男の子が、
普段は全然仲良くない子だったけれど、そういえばあたし、
小学校の時、友達いなかったんだ。
その子が、

「おおたさん、犬飼ってる?」
とても真面目な顔でいったの。
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帰りがけに。
「ん?」
「犬、いらない?」
「んーん?
犬なんていらない」

そしたら
通りかかった子
を呼び止めた。
「可愛い子犬
なんだよ。」

ゴミ箱の横の箱
で鳴いてたのを
近所の植木の
下に隠して、
パンと牛乳
置いてきた
らしい。
by chigsas | 2011-02-15 09:29 | 小説
その晩ではなかった。

あなたが子犬を抱いていたの。
あなた、あの目をして。

抱いているのは子犬だと思っていたのに、
気がつけば、

ほんとうは多絵子さんだった。

目がさめて、窓から入る暗い光の中で、ジーとしていた 
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あたし。

こどものとき、もしかしたら、
赤ん坊にちかいくらい小さな子どもだったとき。
同じことがあった。

真っ暗な中で、知らないうちに目がさめていた。
かあさんが静かに寝ているのに、
私は隣で、目を覚ましていた。

目を覚ましているのは、世の中で、わたしだけだった。
真っ暗だった。
母さんの暖かいからだがが、横にあったけれど。

くっつくのは居心地悪い
みたいな気がして、ちょっと離れた。

寝ている母さんが、
無意識に引き寄せてくれようとしたらいい。

そこまでおぼえているのに、あのあと、どうなったのかなあ?
by chigsas | 2011-02-08 06:33 | 小説
あなたから見たあたし、ちょっと気に入ったなにか?
ペットって飼ったことないから分からないけれど・・・、
でも、ちょっと違うよね。

良くある観葉植物で、玄関の靴入れとかの
上にのっかっていて、何時も同じで、
大きくなっているようにも見えないけれど、枯れない。
日が当たる様子もないのに生きてる。

ちがうねえ、これも。

そんなものでもないし。やっぱり分からない。
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一緒にでかけたこと、あまり覚えてない。
そうだ、I屋に行ったでしょ。
ね。

あなたの用事がある売り場と私が見たい物は
いつも違ったから、お店に入れば自然に別々になる。

パステル売り場だったか、
微妙に違う小さな色の固まりがいっぱいあって
嬉しくて夢中になっていたら、
知らない間に、あなたが横に立っていた。

あなたの、あのときの目。
思い出すだけで今だって、
体中熱くなる。
by chigsas | 2011-01-31 20:07 | 小説
めったに着ない白いワイシャツにネクタイ、始めて見たスーツ姿。
私、父さんや大兄さんのドブネズミスタイル見慣れていたから。
あなたが仕事先の固い会社に、
鹿浦さんと出かけるという格好見て、びっくりしたよ。

ワイシャツとネクタイって、すごーくイロっぽいんだ。
ほんとは。

これは誰にも言ったこともないけれど・・・。
わたしの意識のなかでも、
さっきまで眠っていた感覚かもしれない。

あなた、どんどん優しくなっていったの、あのころ。
そのぶん心は、あたしからは、離れていってたんだ。
なんとなくそう、気がついていたんだけれど。
今になると、はっきりわかるんだ。

あたしは、それが快かった。
っていうか、あなたのこころが離れていったことで、
平らかな気分でいられるから、
居ここちよかったのね、たぶん。
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by chigsas | 2011-01-24 14:58 | 小説
あのときのこと、
覚えてない?

覚えてない、なんて言わせない! 絶対!!

でも、もしも・・・・
あのとき、無意識に飛び上がったこと、
あなたがもし、覚えてないとすれば、

そのくらいあなたにとって大きなことだったんだ。・・・ね。

記憶の一番奥に押し込めなけりゃいけないくらい大きくて重くて、
持ちきれないことだったんだ。

あなた、そういう重い大きな物いっぱい心の奥に押し込めて、
その重みで、あの夜の海に滑り込んでいった。

かもしれない。
ね。
たぶん。

あなたが身の回りにいつもいるのが当然、そうなっても、
私にとってあなたがほんとの意味でセクシーなのは
変わらなかった。もしかして、
セクシーの度合いがどんどん深くなっていったのかもしれない。
ふだんは鳴りを潜めているのに、
ふっと浮かびあがってきて、私を脅かす感覚。
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あの、東町の家の玄関の前で、ばったり会ったときの、
あの感覚。そのまま。

同じ感じで、浮かんでくるあなた。
by chigsas | 2011-01-18 08:18 | 小説
だから、あなたのところに押し掛ける口実を、
よく思いつくようになったんだ。

「勘違いで写植の指定失敗して、スペースに収まらなかった」
「このごろ田中さんに連絡がつかなくて不安」
「篠原さんの奥さん、電話で素っ気なかった、
私、失礼なこと言ったみたい」
「竹内さん、ニコニコ笑って穏やかだけど、ほんとは、
何でもちゃんと見ているんだきっと、私がイヤなこと言っても、
ニコニコして、虫がすかない」

なんでもよかった。あなたのところに行く口実になれば・・・。

私、どんどん軽くなって、あなたが嫌いな女、
多絵子さんとはちょうど反対の女になっていく、
あのころ、そう感じはじめていました。

でもあたし、ちっとも憂鬱ではなかったし、
緊張もしてなかったんだ。ホントは。

そう言えば。
結婚してからのことだけれど、リビングの絨毯にころがって、
TVみていて、っていっても、あなたは転がったりしなかった。
転がるのはいつもあたし。

膝抱えてすわっているあなたに、
笑った拍子で私がちょっとぶつかった、

あのときあなた、びくっとして小さく飛び退いた!

実際は私の方が、大きく飛び退いた、
その勢いで洗面所に飛び込んだ。
鏡に映ったあたし、目がまっ赤でした。
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by chigsas | 2011-01-11 18:24 | 小説
「何か話すことがあってきたのに、急いで帰ってったから」
みたいなことを、あなたがいったのも思い出すけれど。

私は何を話しにあなたの部屋にいったんだったか? 
きっと何もなかったんだ。口実みたいに何か思いついてたんだ? 
きっと。それだけ。

あたしのいれたお茶、まずかったんだ、きっと。
湯のみに半分ほど残っていたお茶を見て、
ストーブつけるのも忘れていることに気がついた。
湯冷めしそうでした。

あの頃から、「あたしの歯車と、周りの歯車が少しずつ
サイズを調整しあって、あまりギシギシ言わなくなり始めていた」
ように、今は思います。

仕事場での私、あなたに会うわたし、一人でいる私。
いつの間にか「仕方ないんだ」って
あきらめ始めていたのかもしれない。

本を読んだりとか、絵を描いたりとか、音楽を聴いたりとか、
一生懸命集中してすることも、少なくなり始めたのかもしれないし。

あなたのところに押し掛ける口実も、よく思いつくようになった。

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by chigsas | 2011-01-04 18:21 | 小説
見えている、あの灯り、一つ一つの部屋の中に人がいるんだ。
明るくはない、窓の明かり、あの中には、家族がいるんだ。
夫と妻、もしかしたら子どもも。
愛し合っていた昔のようには幸せではないけれど。
寄り添っている夫と妻。
寂しくて、涙がでそうでした。

「電気もついて、鍵もあいているから、ちょっと入って待たせてもらった」
私がドアを開ける音に驚いたあなた。
「いいよ。そのままで」
立ちかけて、あたしの言葉であわてて椅子に座りなおした。
おかしくなって、くすっと笑ったのよね、
あのとき、あたし。なぜかしら?

あたしの部屋、こんな明るかったっけ? 
って思ったのは覚えてるけれど、二人とも話すこともなくて。

あなた、お茶を飲んだだけですぐ帰っていった。
あたし、いつものように愚図で、
お茶を沸かすのにも、
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もたもたしてたのよね。
手持ち無沙汰に待つ間、あなたは何考えていたのかしら。
と、今、思うけれど。
 
by chigsas | 2010-12-28 20:50 | 小説