カテゴリ:小説( 83 )

辰井さんの部屋は環状線の内側だけれど、すごく静かなところにありました。

隣が森だったみたい。部屋が沢山並んでいる大きなアパートで、
入り口に小さなキチネットがついている6畳間。

「米は、ジャーに出来ているから、おかずだけ買ってこうか。何食べたい?」
駅前のお惣菜屋さんで、揚げ物とサラダ買ったかしら。

この日も、なぜかあたし、お客さんしていた。

「ここに越してこないか?」

その日のことで、あたしが覚えているのはこの一言だけ。
「うん」て返事したんだったか、どうだったか。

次の日、帰りに私の部屋に二人でよって、
紙袋に入れた着替えを持って辰井さんの部屋にいきました。
私の部屋でレモンティをいれて、クッキー食べて。
それから、どうしたのかなあ。どこかで夕飯食べて帰った。んだったかしら。

いつのまにか私、笑わなくなっていました。

そこも、やっぱり袋小路だと気がついたのはどのくらい経ってからだったか。
その頃には、デッサン教室にも行かなくなっていました。
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by chigsas | 2010-03-31 11:54 | 小説
「かわいいね。」
って言われても。
「あたし、かわいくなんかないもん」
て、心のなかで。

なにか大きなことがおきていたのか? でも、何も起きなかったも同じこと。
私が、私でなくなっただけ。

帰りの電車の中で、
「多田さん」
「ん?」

また少したって
「ねえ」
「ン?」

「あの、きょうは俺んちへ、帰らないか?」
「・・・・・・疲れているから、あたし、乗り物弱いみたい、ごめんなさい。来週なら・・・」

よく覚えてないけれど、次の週だったか、辰井さんのアパートにいきました。

「俺、先に行って地下鉄の改札で待ってるから」
って、帰りがけに横を通りながら耳打ちしてくれて、
改札のこっちにいると思ったら向こうに出て、
なんだかそわそわしているみたいでした。
靴の先っぽ見てたようだったけれど、靴でリズムとってたような。

混んでいる地下鉄で、私は辰井さんに依りかかって。
私は彼と一諸にいると私じゃなくなるんだと、そのとき気づきました。
全然別の人、それでその人をホントの私が見ていたんです。

私、人に寄りかかりたくない。電車でも、自分でつり革握って、
立っている方がいい。なのに、今は寄りかかって下向いたりしてる。

「ふん」と思いました。
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by chigsas | 2010-03-24 19:37 | 小説
あの日、新しい勤め先のこと私一人でしゃべって、帰って来た。
帰りがけにあなた、階段の降り口で足を止めて

「このちゃん、何かするとき、それをホントにしたいことなのかどうか。
じぶんの心に、聞いてみる、ほうが、いいんじゃないの?」
「うん」

あなたはそのままそこで止まったので、私、しかたなく、
さっさと階段降りて帰ってきました。
頭の中お水でいっぱいで、ちょっと首を傾けると、
ざーっと音を立てて流れそうだった。
    
あのとき、あなた、階段の上で、なにしてたのかしら。
今は、そう思うけれど、あの時は私、
自分の頭の中の「水」を零さないように、
一生懸命からだをまっすぐにして、歩くのがせいいっぱいでした。
でも、やはりあなた、なんにも考えてなかったんでしょうね。

覚えているのはそれだけ。

伊豆の旅行、行ったんだけれど、覚えていない。
「こういう所が、いいところなのかな?」
と思いながら辰井さんについて歩いた。辰井さんは楽しそうだったし。

小さな宿屋さんに泊まって、そこで、わたしにあったことも。
よく覚えていない。
辰井さんはすごく優しかったよ。
    
優しかった、だけ。それだけ。

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by chigsas | 2010-03-17 08:31 | 小説