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「ここは、仕事する場所だから、・・・  
・・・特に先生は、神経細かいから、匂いには敏感なんだ。」
素直に「わかりました。すみません。」の言葉、でません。
黙ってパンを包んであった包装紙まるめて、外のゴミ置き場に
捨てに行きました。

ビルの外に出て、お昼時間なので狭い通りを行き来する人を
ぼんやり眺めて、部屋に戻ってみたら、確かに、
ツナの匂い、したんです。あわててキッチンの換気扇回しました。

テーブルの前の椅子に腰おろした私に
「そうだ、多田さんの場所つくってあげなきゃいけない。
僕は仕事無いときはこっちの部屋で、自分の勉強、作品作りするけど。
多田さんも、向こうの隅に小さな製図板、置いてあげるから、
線を引く練習と、写植の張り込み練習する?」
「はい、します」
少し元気出ました。

「あと、多田さん用のスリッパ買ってくるといい。
それは来客用だから。あ、そうだ、事務所の必要品買うときは
この箱からお金持って行って、領収書とおつりここへ戻しておくんだ。」
先生の部屋に行き、机の一番上の引き出しの箱からお札出して
渡してくれました。

「今日は仕事ないから、デパートで、ゆっくりスリッパ探してくるといい。途中で、一度事務所に電話入れてね」
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by chigsas | 2009-09-26 10:00
ゴミ捨てて戻ってきたら、
ノブちゃんはペン立てにいっぱいの鉛筆を削っていました。
「鉛筆はシャープナーで削ってから、芯はこれで尖らせておいて」
ステンレスのお皿のような道具、小さな穴に鉛筆をたててぐるぐる回すと、
きれいに先が尖ります。

「先生は、クライアントに仕事届けてくるから、
今日は、出てくるのは多分2時過ぎ・・・、
あ、それから、ぼくにお茶、くれない?」
「は、はい、すみません」

それまでぽーっと立って見ていたのでした。
あわてて、お茶淹れたのですが、これも大失敗だったみたい。
一口飲んで、ノブちゃんはキッチンへ行ってポットのお湯でお茶薄めました。

もっといけなかったのは、お昼でした。

「先生出てくる前に、お昼してきちゃう。朝めし兼ねてるから」
11時ちょっと過ぎにノブちゃんが出かけたので
私も、持ってきたインスタントコーヒーで早めのお昼にしました。

「IDEA」とか「宣伝会議」。
本棚には、本屋さんで立ち読みしていた魅力的な雑誌が並んでいました。
「IDEA」なんてきれいな雑誌はコーヒーこぼしたりするの怖いので、
「宣伝会議」の方にして、すっかり違う自分になった気分でした。

広い木のテーブルはすっきり何ものってない、
ボブにしてもらったヘア。何着てたのか思い出せないけれど、
あの頃私が持っていた服はみんな、
あの部屋の雰囲気とは合わなかったに違いありません。

「ゆっくり、お昼してきたよ。多田さんも・・・」
と言いかけて、ノブちゃん、だまってしまいました。

それから、奥の部屋のサッシュ開けにいって、
「ここは、仕事する場所だから・・・、
コーヒーとかお茶以外飲んだり食べたりしない。
クライアントとの打ち合わせもするし、特に先生は、神経細かいから、
匂いには敏感なんだ。」
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by chigsas | 2009-09-22 07:05
髪を切って心の中に抱えていた重荷から少しの間解放され、私ではない自分に
なっていたから、境デザイン事務所で採用して貰えたのでした。
じっさいに勤めはじめてみるときれいに仕上げられていたラッカー塗装が
はがれるように私の地が顔を出し、先生もノブちゃんも
最初はがっかりし、それからだんだん困っていったようです。

二日目は、私がどんな「私」なのか思い知らされた一日でした。

お昼のために、繁華街を抜ける途中でツナサンド買いました。
私としてはとびきり丁寧にお掃除して先生の部屋の机とテーブルをふき、
お湯を沸かし、ポットに入れ終わった頃、
「おはようございます」とノブちゃんが出勤してきました。

「締め切りで、昨日は遅かったんだ。
多田さんがいてくれるからゆっくり出来たよ」
そう言われると、ちょっといい気分、でもいい気分だったのはここまで。

奥の部屋に行ったノブちゃん、まず、部屋のサッシュをあけました。
私も来たときに、部屋がいやな匂いときづいていました。
それからキッチンの流しの下からタオル持って戻っていき、
「先生の灰皿洗って、それから、流しのゴミと屑籠のごみは、
管理人室の隣のゴミ置き場の、ポリバケツに捨ててきて」

ノブちゃんは乾いたタオルで、先生の机丁寧にふいていました。
上に載せたガラス板濡れていたのです。私の雑巾の搾り方が緩すぎた・・・。

くず入れには、まるめた紙がぎゅうぎゅうに山盛りでした。
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by chigsas | 2009-09-20 15:42
ビールコップ一杯だったけれど、金田さんも私も、それぞれホントの自分に
なっていました。あの六畳の部屋がそのままふわーっと広がって、
やわらかな宇宙の真ん中に二人いるような。
幸せってこういうことかしら、と思いました。

「父親がいなくて育ったから、早く家庭を持ちたかったのかもしれない。」

息子さんは二十二歳で国鉄に勤め、官舎に住んでいること。
去年男の子が生まれたこと、息子さんが結婚するとき、それまで住んでいた
千葉県の家を売って、官舎に近いこのアパートに越してきたこと。
話してくれました。

「あの子も、努力してるのね。彼女もいい人だけれど、
なんて言っても二人とも若いから・・・」

ふっと、母さんの顔が浮かんだ瞬間
「お母様、今日も見えていたようね、台所にいたら、何か言いたそうに、
ちょっとの間、そばに立って、それから、
『なにかご迷惑かけていませんか? よろしくお願いします』
って帰られたけれど・・・」

次の日は「POP制作会社」の面接に行く予定でした。
事務所に向かう途中で電話して面接にいけなくなったことを伝えると、
気のよさそうな男の人が、「なぜ?」と具体的な理由を聞いてきました。
つい言ってしまった嘘。
「母が就職すること許してくれないので・・・」

「えっ? なぜ」
「予備校に通いなさいって・・・」
「・・・そう。・・・じゃ、仕方ないね」

母さんダシにして。
電話きってから、心がいっぺんに暗くなってしまいました。
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by chigsas | 2009-09-16 14:18
10時に来て管理人室で鍵を借りて部屋を開け、お掃除をし、
お湯を沸かしてポットに入れておく。電話があったら、名前を聞き、
「先生はクライアントと打ち合わせに出ています。昼には戻ります」
ということ。
明日からすることを、ノブちゃんが帰りに教えてくれ、
管理人さんにも紹介してもらいました。

駅までの道、夢中で歩きながら、あなたに電話しなくっちゃ、
とだけ思っていました。でも、電話に大家さんが出て、それから
あなたを呼んでくれるのを待つ間に、
何故かすーっと気持ちが沈んでいきます。

「野田さんお留守のようです」
ほっとしました。
美容院で髪をカットしてもらったあとみたいに頭が軽くなっていました。
駅の、いくつも並んでいる公衆電話、夕方近くて込んでいます。

一瞬ぼーっとしていたら、後に並んでいた女性から
「すんだんでしょ?」と低いけれど強い声。
あわてて、列を外れてから、「そうだ、金田さんに電話」と気がつきました。
もう一度隣の列の後ろに並び直しです。

「そーお。良かったこと! お、め、で、とう! 私の思っていたとおり。
早く帰ってらっしゃい。私のところで夕飯、どう?」

自分の部屋の前素通りして、流しで手だけ洗って座ると、
「ただいま」
自然に声が出ました。東町のうちよりずっと「自分のうち」です。

「ここのカツ、うちで上げるよりずっとおいしいの。キャベツ切って、
ジャガイモゆでてから、揚げてもらってきたから、ほら、まだほかほか」

金田さんは冷蔵庫からビールの小瓶を出し、グラスも二つ
ちゃぶ台に並べました。
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by chigsas | 2009-09-14 12:32
何を話したのか聞いたのか思い出せないけれど、
「ねえ、ノブちゃん、彼女に決めようよ。どーお?」
の一言で、採用されることになりました。
40くらいの「先生」とノブちゃんと呼ばれる若いデザイナーさん一人、
静かなデザイン事務所です。

「予定が入っていないなら、今日から仕事していってくれない? 
昨日までに面接に来てくれた人に、『ありがとうございました。』と
断りの手紙書いてほしいんだけれど。3人だけだから」 

「先生」は奥の部屋に消えて、ノブちゃんが便せんと茶封筒を
棚の引き出しから出してテーブルに置いてくれました。
「ボールペンか万年筆持っている?」
「はい、万年筆なら。縦書きだめなんです。横書きの便箋ありますか?」
「あ、じゃあ。・・・先生、レポート用紙でもいいですか?」
「ああ」

開いているドア越しに決まり、奥の部屋では小さく音楽が鳴り始まりました。
バッハのピアノのようでした。

私が下手な字で、どんな手紙を書いたのか覚えていません。
まず一通書いてノブちゃんが、先生に持って行くと、
二カ所ぐらい訂正されて、戻ってきました。同じ文面で3通とも書き上げて、
封筒に宛名を書いて切手を貼ったら4時過ぎていました。

これで、その日の仕事は終わり。
ノブちゃんが先生と私ににお茶入れてくれて、
ここでも私、第一日目は完全に「お客様」でした。
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by chigsas | 2009-09-11 16:36
火曜日の面接予定は「デザイン事務所アシスタント」の方でした。
あなたのアパートのあるS駅から歩いて10分くらいの小さなマンション、
周りも小さなビルやマンションが並んでいる区域でした。
あなたとは反対の口に出て、歓楽街を通り越さなければいけないのが、
その頃の私には怖くもあり、ちょっと心躍ることでもありました。

多分私、二つ電話したときにはもう、ここと決めていたんだと思います。
二部屋と小さな台所、一階だから日当たりの悪い部屋。
でも、壁も棚も仕事机も白と明るいグレーでまとまっていて、
落ちつく事務所でした。

前日の美容院の効果は、金田さんの予測以上でした。
「先生もう帰ってきますから、上がって待っててください。
近くの店でお昼なんで・・・。」
玄関のブザー押すと出てきた若い男性。
ブルーのチェックのシャツがさわやかでした。

部屋の真ん中を占めている大きなテーブルのこちら側に
折りたたみの椅子出してくれて、デザイン雑誌を一冊、テーブルに置いて、
自分は向こうの隅のライトの下で何やら厚いファイル広げます。

テーブルの向こうには大きな製図板が、斜めに立っていました。
靴を脱いで、出してくれた椅子にかけて雑誌を広げると、
ほとんど同時くらいにドアが開きました。
洗いざらしのGパンとTシャツの男性。
「や、待たせて・・・。多田さんだ、ね。・・・境です。」
あわてて椅子から立ち上がってお辞儀する私に、

「あ、掛けたまま、気楽にきらくに」みたいなこと言って、
すこし緊張しているのはご本人のようでした。
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by chigsas | 2009-09-09 13:37
「明日、彼女、就職の面接なんですって。」
「じゃあ、思い切ってカットした方がすっきりして、ウケも良くなるかも・・・」

二人のやりとりを聞きながら、鏡の中の私、見てしまいました。
まとめて三つ編みにし髪を背中に垂らして、こっちを睨むように見ている目、
確かに二十代半ば過ぎて、少し生活に疲れ始めた女の顔でした。
あわてて目をそらしたら、

「お願いだから、美容院へ行ってちょうだい」
何度も言われ続けていた、母さんの声がきこえました。

髪をシャンプーされ、肩に掛からないように切りそろえられて、
ドライヤーかけられて、手鏡渡されて・・・。
その中にうつる顔見ていたら、美容師さんは上手に手鏡の角度調節して
後の髪型も見せてくれました。
「はい」とだけ小さく言って大鏡の中の美容師さんを見ると、

「失礼なこと言ってしまったかしら、まだ二十歳前ですよね? 」
恐縮して体をこごめるようにするのに、
「いいえ。すっかりかわいくしていただいたから、
これで明日の面接きっと成功よ! ね。オオタさん」
金田さんはやわらかく笑います。

切り落とされた髪といっしょに頭の中や肩の上に持っていたいろいろな物が
みんな消えてしまっていました。
回してくれた椅子から下りるとき、自分が消えてしまうみたいに軽くなって、
少し不安で、心もとない気分でした。
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by chigsas | 2009-09-07 06:38
電話が終わって、頭がパンパンになっていた私を、金田さんはお茶入れて
まっていてくれたようでした。ちょっとぬるいお茶おいしかったこと。

一息して私が小銭入れから出した10円硬貨二個を、金田さんは。
食器棚の隅の小さなアルミ缶にいれます。目が合うと
「息子がかけた電話代もこの中に入れてるのよ」
と、ちょっと笑いました。

電話で聞いた内容や面接に行くことになった予定など、簡単に話すと、
「じゃ、月曜に美容院にいくのはどう? 
私も、そろそろカットしなければ、と思ってたとこ」
すぐ電話かけて、行きつけの美容院を予約してくれました。
その日は午前中、金田さんの部屋だったと思います。

湯飲み片付けて、ちゃぶ台をさっとふいて金田さんは仕立物をひろげます。
眼鏡かけて、静かに、だけどリズミカルに手を動かしている姿を見ていて、
どんな風にしてこれまで暮らして来た人かしら、と思いました。
不思議なことにその時、田絵子さんの歌うたっていた横顔が浮かびました。

金田さんの<過去>と、あなたと田絵子さんが二人で創っていく空間の
<未来>が、重なって私の心の中で、透き通る音で響きあっていました。

でも、その時まだ、わたしは知らなかったけれど、
たぶん田絵子さんはもう亡くなっていた、のです。

鏡の前に椅子に腰掛けた私にケープを掛けてくれながら、美容師さんは、
「まだ二十五くらいでしょ。若いっていいですね。」
と、後のソファに座っていた金田さんに、鏡の中で笑いかけました。
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by chigsas | 2009-09-05 14:17
「一人のほうが、ゆっくり入れるでしょう」
早い時間だったので、洗い場には、子ども連れの若いお母さんや、
おばあさんが三組ぐらいしかいなかったけれど、ゆっくりどころか、
かちかちになり、湯あたりしたように疲れて、早々に脱衣場に戻りました。

工房に行かなくなった次の日も雨でした。
土曜日だから、母さんは確か刺繍のお教室。

その朝起き抜けに駅まで朝刊買いにいきました。
柔らかな雨の中を傘さしてゆっくり歩くの、いい気持ち。
新聞二つ買って部屋に帰りました。
インスタントコーヒーいれて、トーストかじりながら地方版の求人欄ゆっくり
読んでいると、寂しいことが、すごくステキなことだと、気がつきました。
いつもは一人で部屋にいると、つい重い心の内側のぞき込んでしまうのに。

あなたはデザインスクールで無心に何かしている、
具体的には見えないのに、そう思うだけで気持ち落ちついてきたんです。
たぶんその間はあなたの心の中には、他のこと何もない、
田絵子さんも・・・・。と思えるからかしら。

信号待ちの間にピーマン解体していたあなた。
他のことなにも考えてないで、夢中になっているあなた、思い出すと、
心の暗さはそのままなのに、気持ちが温かくふくらむようでした。

窓の外の静かな雨のせいだけではなかった。

その日、見つけた求人広告はふたつ。
「デザイン事務所アシスタント募集」と「POP制作会社見習い職員求む」
早速金田さんに電話借りて、問い合わせました。
どちらも「経験は問わない。履歴書を持って面接に・・・」という返事。
次の週の火曜日と水曜日の午後2時頃に行くことにしました。
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by chigsas | 2009-09-03 15:33