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今思い出しても、あの三畳の空間は広々していました。
いいきもち、生まれて始めて深呼吸した場所。

私が東町の家に帰らなかったから、夕方になって母さんが大騒ぎ始めること、
最初から分かっていたのに、私、あなたに次に電話するまで知らなかった。
小兄さんにあなたが電話で、私がアパートにいったことを知らせてくれた。
それから始まった母さんの電話攻撃、迷惑だったでしょうね。
あなた、私にはちっともそんなそぶりも見せなかったけれど。

頭がワーワーになっていた母さんを、父さんが
「木実のことは、野田君にお願いするのがいちばん」
と説得したらしい。我が家ではあなたの信頼度抜群だった。
父さんはさすが、私の心の奥に起きていること読んでいたんです。
ある意味、父さんは私を信用してくれていた。
私結局、裏切ったんだけれど、父さんホントは全部知っていたりして。

でも、過ぎてしまえば、みんな、無かったも同じ。

月曜日に職安に行きました。あなたが教えてくれたから。
ほかに思いつかなかったし。
境事務所に行く途中に「職業安定所→」看板があることも思い出したんです。

九時ちょっと過ぎに行って、入り口でカウンターを見たら、
左端の方で座っている人と、目が合いました。
まっすぐそこへ行ってお辞儀したら手で椅子をさしてくれたので、座った。

「仕事さがしているんですか?」
「はい」
「職安ははじめてですか?」
「はい」
「学生さん?」
「あ、はい、一応。予備校ですが」

少しの間、考えいてようです。
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by chigsas | 2009-12-27 17:46
外はびっくりするほど明るくてにぎやかでした。
焼き鳥屋さんからは、客と主人のやり取りが手に取るように聞こえます。
その向こうの線路を電車が行くと、道もお店も少し揺れる。
その振動で、私の中で小さな何かかちょっと弾みました。

駅の売店は閉店間際らしく、物をしまい始めていた。

「あ、もしもし」
金田さんの声。なぜあのくらいの年の女性は、慌てて電話に出るのかしら。
金田さんらしくない。と、思いました。
「オオタです。私、会社首になったんです。
いっぱいお世話になったのにすみません。
それで、引っ越しして、新しい仕事探さなきゃあいけないんです。
近いうちにちゃんと伺います。
それから、母には、まだ内緒なので聞かなかったことに、して下さい。」
一気にこれだけしゃべって、電話きりました。

「あ、もしもし、もしもし・・・」

今考えれば、電話しない方が心配かけなかった、きっと。
一ヶ月ほどして訪ねたとき、
本当に心配だったと言った金田さんの顔思い出します。

次の日、日曜日だったはずだけれど、何をしたか覚えていません。
多分一日ほとんどゴロゴロしていたんだと思うけれど。
駅のそばのスーパーで電気の傘や必要なもの買ったんだと思うけれど。

前のアパートは自分の場所ではなかった。遠くから母さんが監視していたし。
昼間ゆっくりゴロゴロなんて出来なかったし。

ゆっくり、一日寝ていた。
多分。あのときの私は誰からも消えて行方不明。

あ、田中さんと高田君は例外。あの人たちは完全に無害だったから。
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by chigsas | 2009-12-19 19:26
出かけたままの格好だったから窮屈で、口の中もきもちわるい。
開いている戸のすき間から部屋を見ると、裸電球のぼんやりした光の中に
置きっぱなしの物が、散らかっていました。

「これが、あたし。一番あたしには似合うんだもん!!」
「ザマーカンカン かあさんも、とうさもん、にいさんたちも、フン!!」
あなたの名前、でてこなかったんです。
あたしと鏡一枚隔ててすごく近いところに、あなたがいる。
そのときは、そう思いました。

鏡一枚の意味その時は、分からなかったけれど、あなたいつも、
ずっと鏡の向こうにいましたね。いっぺんもこっちには来てくれなかった。

大きく伸びしました。
窓の外は昼間よりずっとにぎやかでした。
話しながら行く男の人の大きな声。女の人の笑い声も聞こえます。
隣の部屋からテレビドラマらしい甲高い声も小さく聞こえます。

押し入れからのそっと出て、裸電球の光で腕時計見たら、
まだ9時半になっていない。
そうだ、金田さんに電話しなきゃ。ジーパンとセーターに着替えて、
トイレに行って流しで、うがいをしたら、調理台の所では
若い男性が卵を茹でていました。

「こんばんは、今日越してきました。オオタです。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくおねがいします、○○といいます」
って丁寧に言われたけれど名前も顔も、
あのアパートを引っ越すまで覚えなかった。
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by chigsas | 2009-12-14 13:03
「疲れてるね。早く帰って、お風呂に行って、早く寝なさい」

あの日は、結局何も描かなかった、たぶん。

駅前の交番で、お風呂屋さんがどこにあるか聞いて、
商店街の外れのマーケットでパンと牛乳、インスタントコーヒー、
洗面器や石けん箱なんか買って、アパートへ行きました。

あの頃にはもう銭湯も平気になっていました。
知らない町だから余計気楽だったのかもしれません。
帰りに駅前の大阪寿司屋さんで、小さなのを一箱買いました。

鍵開けて、入り口で手探りで、電気のスイッチ入れたら裸電球が灯りました。
共同の台所でやかんにお湯沸かしたけれど、お茶が無いこと気がつきます。
畳の上に画板を置いてマグカップにインスタントコーヒー。
箱から直接手でつまんでお寿司をたべながら、
「ザマア、カンカン」

あれ、誰に言ったんでしょう。

押し入れの荷物出して、押し入れの中に布団を広げ、
そのまま潜り込んだら、疲れがどっと押し寄せてきました。

ごとん、肘が何かにぶつかったので、目が覚めました。
いや、目が覚めた瞬間に肘が押し入れの壁に当たったというのが本当のところ
だった。押し入れの隅に細い光の筋。
「あたしの場所だぁ。」

お隣の部屋の光が漏れてるんだ。お隣帰ってる。
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by chigsas | 2009-12-09 13:52
「ありがとう。ごめんなさい。」
「おじさんにだけは、会社にでも電話しておいた方がいいかもしれない」

急に立ち上がって部屋を出た私に、あなたの小さな声が追いかけてきました。
どのくらいあなたの部屋にいたんでしょうね、あのとき。

駅までの道歩きながら、気持ちはもうだいぶ落ち着いています。
あなたの柔らかで暖かい空気が私の周りを、取り囲んでくれていたんです。
今日は土曜日なんだと気がつきました。慌てることはない。
もし母さんがやってくるとしても明日の午後以降なんだから。

前のアパートに帰って冷蔵庫の物でお昼食べました。
秋の服も大きな紙袋につめて持ち出しました。
金田さんは、流しで洗い物をしていました。ずいぶん顔を合わせていません。
「あら、こんな時間に珍しいこと。また、おでかけ?」
「ええ」

とても悪いことしている、と思いました。
近いうちにちゃんと話しに来なければ。荷物だけでなくて心も重くなって、
下を向いて歩きながら、階段もなんだか急で。
不安でした。

勘のいい金田さん、きっと、あの数日間私がばたばたやってたこと
気づいていたに違いありません。

荷物を新しいアパートに置いて、デッサン教室にいくと、
土曜日の午後だから、にぎやかでした。
デッサンには全然身がはいりません。

日が暮れかかった頃、田中さんと高田さんそろってやってきました。
顔をみてほっとして、でも、
「いろいろ、ありがとうございました」
というのが、やっとでした。
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by chigsas | 2009-12-04 09:38
「・・・・・・・ 。」
「お水しかないけど、飲む?」
小さな魔法瓶から紙コップに水を注いでくれて、スツールをこちらによせる。
わたし立ったままでした。あなたも。
腰を下ろしてコップの水を一息で飲むと、開いたままの入り口へ窓から、
風がながれていきました。秋の風です。

「デザイン事務所クビになった。アパートも引っ越したの」
「・・・・・・・。・・・・・・?」       」
「だから、急いで、仕事探さなきゃー」

「進学は? おじさんとおばさんに、まず・・・」
「進学してどうするの? 何するの!?」
そんなこと、あなたに言っても仕方ないと、わかっていました。
わたし、卑怯だから、母さんにも父さんにも言えなくて、
こんなとこで言ってる、体がどーんと重くなった。

あなたもだったでしょうけど、私、本当に困っていました。
前にも後ろにも進めないし、消えちゃいたい! と思ったけれど。

どのくらい時間がすぎたのか、あなたが口を開いてくれました。
「ちゃんと仕事探すのなら・・・、職業安定所に行くのが堅実かもしれない」
「職業安定所?って、職安のこと? 」
「このちゃんが気に入るような、かっこいい仕事はないかもしれないけれど。
親に頼らないで独り立ちするつもりなら、だけど、・・・・・。ね。」
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by chigsas | 2009-12-01 10:46