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「留守だったから駅前の喫茶店で時間つぶしてたけど、
もう遅いから帰ることにする。会社には電話しにくいかもしれないけど、
お昼頃なら、俺が出るようにするから、明日でも、くれよ。」

みたいなことが書いてあった紙切れ。
たぶん、喫茶店で貰ったんでしょう。

デッサン教室にまた昼間に通い始めました。
メンバーもいれ変わっていたみたいで・・・。
職安に行って失業保険の手続きして、それで何してたんだったかしら、
あのころ。

辰井さんにも時々会っていたし。アパートに行くこともあったけれど。

絵を描くことにも、あまり集中できなかったし。

あの夏、覚えているのは昼間プールで日向ぼっこしたことかなあ。
結婚式場がやっている屋外プール、植え込みの緑がきもちよくて、
泳がなくても、いや、泳げないのにビキニの水着で、
朝十時頃からお昼過ぎまで、一人でぼーっとしていた。

何も起きないうちに、夏が行ってしまった。

秋になって、あなたから絵はがきがきました。
「仕事決まりそうです。引っ越しもするかもしれません。」
きれいなモダンな、モノクロ写真のポストカード。
大きいので80円切手が貼ってありましたね。

細い鉛筆で書いた大きくてきれいな字。
下駄を履いていた足の指みたいと、思いました。
あの絵はがき、とっておいたつもりだったのに、いつの間にか
なくなってしまった。
大事なものって、たいてい知らない間に無くなっちゃうんだ。
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by chigsas | 2010-04-27 16:56 | 小説
「中ジョッキ三つ。枝豆とポテトチップでいい? とりあえず」

「会社、またやめちゃったんです」
「えっ、何っ?・・・。」
「・・・」
「でも、・・・。 一年近くよく続いたんじゃない」

三人とも、なんにも言わないでビール飲んだけれど、
高田君も田中さんも味がしなかったでしょうね。

「で、どうするの?」
「・・・・・」

「そうだ、あの会社、たしか失業保険入ってたんじゃないの?」
「ん? そうだったかな?」
「ちゃんとした会社だっていってたんじゃなかった?」
「ちゃんとしてなんか、いないよ。給料日の次の日にやめられたんだから。」

「そういえば、経理の人が
一週間くらいして一度、来て下さいっていってたけれど・・・」
「とりあえず、手続きして、その間にゆっくり仕事探せばいいんじゃない!」

その一言でなんだか、元気が出ました。それから、三人で盛り上がって。
といっても盛り上がったのは私と田中さんだけ、
あの晩も高田君がどんな顔してたか思い出せない。

その晩ずいぶん遅くアパートに戻ったら、
入り口に辰井さんの手紙が挟んでありました。
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by chigsas | 2010-04-19 15:16 | 小説
仕事の引き継ぎとかどうしたのか覚えていません。
引き継ぎしなければいけない様な仕事は任されてなかったんですね。たぶん。
退職願いは一ヶ月以上前に出すこと、と、入社したとき聞いていたようなきがしたけれど。
あの場合、社長だって、すぐにやめてほしかったんでしょうね

二日くらい、部屋でゴロゴロしていたけれど、また、図書館に行ってみました。
それから、デッサン教室に。ずいぶん久しぶりに顔を出しました。
夕方だったので、田中さんも、高田君もいました。
その日にまん中に台にのっていたのは花でした。大きい花や小さい花、草や、
溢れるように大壺にまとめられた花たち、みんな一寸興奮ぎみだったみたい。

「すごいでしょうこの花、今日は先生の誕生日」
ちょっと蒸し暑いくらい、教室も初夏の夕方でした。

あの日、私に関係ないところで世界が動いている、となぜか思ったんですが。

「ひさしぶりだから、今日は速くお終いにして、ビール飲みに行こう!」
高田君は、ちょっときれいな花が気がかりだったらしいけれど、

「明日もまだまだきれいだよ、この花たち」
田中さんの一言で腰をあげました。

駅の近くのビアホールに三人で落ちついて、注文をききにウエイターさんが来る前に、
「どうしたのっ? すっかり、変わっちゃって!。」

わっと泣きたかったけれど。悲しかったわけでもないし、
理由もなく泣きたかったんだ、あのとき。

この時も私、外から見たらなんかシレッと、平気な顔してたんでしょうね。
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by chigsas | 2010-04-14 09:48 | 小説
あのデザイン会社で、私が大荷物になっているらしいこと、分かりかけていた。
社長が例のお菓子メーカーのカタログ刷り直しの損害をかぶったらしいと、
誰かから聞いた。気の弱い社長は、私にやめてほしいのを言えないらしいことも、
カメラマンがちらっと言った言葉で分かった。

辰井さんの部屋から会社に通う、それも一週間が限度でした。
「疲れたんだね」
って言ってくれて、
「そう・・・」
って言ったけれど、疲れているのとは違っていた。

わたし、石だった。
濡れた泥の固まりじゃなくて、あの時は乾いた、穴だらけの石。
穴だらけのくせに、すごく重い石。

辰井さんには何も言わないで、会社やめました。
お給料日だったけれど、経理の人からお給料の袋受け取って、
気がついたらそのまま、社長の机に前に立っていました。

お辞儀一つして
「すみません、我がまま言って」
黙って社長は顔を上げて私を見ました。
眉を寄せて、持っていたボールペンを、ポンと投げるように置きました。

「やめさせていただきたいんです。」
「ん?・・・・」

「あ、そう」
社長の顔、ふっと緩んだんです。
私も、ほっとしました。
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by chigsas | 2010-04-08 14:10 | 小説