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あなたの心のどこかの隅に小さな石の種を播いちゃった。

そう、感じたんです。

石だから、芽を出すはずない。
でも、遠くに小さな冷たい色の灯りが一つ、見えた気がしたの。

私にしては不思議なくらい、篠原事務所の仕事を覚えていきました。
まず、ワープロを一生懸命覚えました。

挿絵とかイラスト原稿受け取りのお使いも、なんとか、できるようになりまた。
篠原さんたちがまとめた原稿をXX出版編集部に届けることも。

そういえば
事務所の空き机に竹内さんがいつもいるようになったの、どのくらい経ってからだっかしら。

「竹内君、一緒に仕事してくれる仲間。これからちょいちょいここに現れるからから、覚えてね」
篠原さんらしいけれど、それだけでした。

「よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。教えていただければ、なんでもします。」

調子良いこと言ってしまったけれど、
何もわからない人に教えるくらいなら、自分でした方が早い。
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by chigsas | 2010-10-31 10:54 | 小説
二人でどのくらい黙っていたのかしら。
何秒だったか、何分だったか、
何時間も、だったかもしれない。

「今日からあたし、ちゃんと働いています。
その報告の電話しなけりゃとおもって」
なぜ、あんなに元気で明るい声が出たのかしら。
普通にしゃべれたの、奇跡みたい、
と、今だって思っています。

まるで誰か別の人の声みたいに、
あのときの自分の言葉、今も耳に残っています。

「あ、よかったね。」
あなた、そういったと思ったけれど、
そうじゃなかったかもしれませんね。
「今日ではないけれど、近いうちに、
仕事のこととかおしゃべりにいってもいいですか?」

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「あ、うん。」

もしかしたら、なんにもいわなかったのかしら?
「じゃあ。また、電話します。」
あなたがなんて答えたか、覚えていません。
多分黙っていただけだったんでしょうね。

電話を切った。

私が抱えていた重い石の中の小さい石一つが、
あなたに、トンと移った。
by chigsas | 2010-10-20 11:22 | 小説
でも、私、本当に家族は要らなかった。一人でよかった。

子どものとき海水浴に連れて行ってもらって、
広い川口から、海のほうを見た、あのときの感じ。
腰くらいの深さの水の中でちょっとしゃがんで、
顎あたりまで、水の中に入って海の方を見た。あの感じ。

訳の分からないまわりの物、水か空気か風か生き物か、
まといついても、私とは関係ない存在。

私が、恐る恐る、あなたのアパートに電話したのは、
多分一週間くらいしてからだった。誰もいない事務所の電話で、夕方、
もう暗くなっていました。

新しいあなたのアパート、部屋に電話がありました。
ベルが鳴れば、あなたが直接受話器を取る。
想像するだけで怖くて、ダイヤル途中まで回して受話器置いて、
を何度も繰り返して、やっとつながった電話。

「はい、野田です」

あなたの声、小さな響きが泡立つようにして、私にしみとおってきた。

その泡に、溺れるように耳澄ませてしまいました。
「野田ですが・・・」

「ア、・・オオタ、・デス。」
私も、小さな泡粒、消えてしまいそうな泡みたいな声になっていました。
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こんどは、あなたが黙ってしまった。
by chigsas | 2010-10-14 07:05 | 小説
あの日から始まった時間、何もなかったように、
その前と全然変わらない時間だった、と、あの頃考えていたけれど、
今思い返すと、あの何日かを境にして空気の色が、
まるで水の中みたいに、変わってしまっていたんです。

気持ちよく冷たくて、重い。
その空気の中にあなたを引き込もうと私、無意識に細い糸の網を
張っていたんだ。たぶん。

あなた、その網に気がついていたかしら。
細くて、透明で。とても強い弾力のある糸。光の具合で、
時々だけれど。キラッと鋭く光る糸。光るときは金色に見える糸。

あの思い空気の中にあなたを引き込もうと私、
無意識に細い糸の網を張っていたんだ。たぶん。
あなた、その網に気がついていたかしら。

細くて、透明で。とても強い弾力のある糸。光の具合で、時々だけれど。
キラッと鋭く光る糸。光るときは金色に見える糸。
そういう糸でこまかくあんだ網、触らなければわからない。
もしかしたらあなた、触っても、気がつかなかったかもしれない。
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父さんと母さんには、「引っ越しました」とハガキ書いただけ。
あなたが、小兄さんに、わたしのアパート探しを手伝ったと
手紙書いてくれたから、父さんも、母さんも、すっかり安心した。

それで十分と思ったけれど。
それは私の思い込みだったんだよね。本当は。
by chigsas | 2010-10-07 12:27 | 小説
でも、あのとき鏡をくだいて二人がバラバラに、
すごい寒い空間に離れることできたら、
あなたが夜の海に滑り込むことはなかった、でしょ。・・・ね。

次の日、なにもなかったように、出勤しました。
「すみません。お休みして、ご迷惑かけました」
「あ、いや、大丈夫だったよ。かみさんが、来ていてくれたから」
それだけでした。
田中さんがなんて話してくれていたかも、その時は気になりませんでした。
丸きり自然に、お休みなどしなかったみたいに、
当たり前の時間が流れ始めたんです。篠原さんは、コーヒー飲んで、

「じゃ、出かけるから」
と事務所を出て行きました。

電話番の他に、たしか、お清書の仕事もありました。
まだ、ワープロもあまり使われていない時代だったから。

そう、あれから直ぐ、ワープロという大きな器械が、
篠原事務所に入って、私も勉強させてもらったんだった。
で、その頃から、世の中が、
がらがら音を立てて変わり始めていったんですよね。

「みんなが、ずいぶん優しくしてくれてたんだ」
ってふと気がついたのは、ホントにこの間。あなたが、
夜の海の底に滑り込んでいった、イメージが浮かんだあと、だった。
それも、気がついたその瞬間はいつだったか思い出せない。
[いつの間にかそう思っていたんだ。あたし。

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by chigsas | 2010-10-02 09:16 | 小説