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気がつかないようにしていたんだ。

私、入り口で止まってしまった。
私の部屋、いろいろいっぱい出ていてごしゃごしゃ。
あなたが、私を連れて行ってくれたときは、
あの部屋には、なにもなかった。
押し入れの中に段ボールがいくつかだけ、だった。

「いいよ。入って」

「うん」

入り口の小さなコンクリートのスペースに靴を踏み入れながら、
そうだ! 冷蔵庫。
昨夜きれいに整理した冷蔵庫の中が、目に浮かんだ。

「私、ゆうべ、冷蔵庫、掃除したんだよ」
「?」
「冷蔵庫だけは、この部屋に負けないくらいピッカピカ」

あなた顔をこちらに向けて、しばらく黙って、
突然大きな声で笑ったでしょう。あのとき。

それから赤いマグカップをこちらに押してくれました。
コーヒーの香りも一緒にこっちに。
そのマグカップを無意識につかんだ。


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顔にも体中にも、カップの色が映りました。

気がついたら、あなた、隣の部屋で仕事をしていました。
by chigsas | 2010-11-28 13:44 | 小説
「ギーツ・・・」
大きな音に、ボタンを押した手を、思わずひっこめました。
あなたの部屋の入り口のブザー、小さい黒いボタン、
そおっと押したのになぜ、あんなに大きな音がしたのかしら。

冬の初めの静かな日曜日の朝、いいお天気でした。
アパート中の人を驚かしたかもしれない。
扉の隙間から、コーヒーの匂いが流れてきました。

「どうぞ。あいています。」

ゆっくりドアを開けると、光がいっぱいの空間がありました。
入り口のドアから差し込む光、
奥の部屋との間のドアも開いているので、
その部屋の右側の窓から差し込む光も・・・。

あの明るさ、だけど光だけの明るさではなかった。
あなたがぜんぶ開けっ放しにみえるような、明るさだった。

あなたって、いつも、どこにも汚れがなかった。
あなた自身にも、部屋にも、たぶん押し入れの中も、
引き出しの中も、外から見えるまんま。

あの頃私、気がついていなかったけれど、
あなた、心のおくに持っていた闇。
うぅん、・・・ そう言ってしまうと、
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違うなぁ。
by chigsas | 2010-11-21 13:50 | 小説
雑誌の見開きの大きさの紙に活字の大きさの四角が、お行儀よく並んでいて、
その上に赤鉛筆や青鉛筆で指定が書き込んである。

前のデザイン事務所では、写植の見本帳からデバイダーで長さと幅を測って、
文字が入るスペースをレイアウト用紙に写し、指定を書き入れていたので、
ずいぶん能率が良いこと、と思ったけれど。

篠原事務所での竹内さんの主な仕事は、
それを見ながら、原稿用紙に記事を書くこと、のようでした。

広くて殺風景と思っていた事務所の中が数日経つうちに、
少しずつ暖かくなっていきました。

竹内さんもお昼はお弁当持参。
「愛妻弁当・・・」
最初の日は、ちょっと恥ずかしそうに広げました。
よく見なかったけれど。ボリュームのあるサンドイッチだったかなあ?

ポットにコーヒーも。
「子ども赤ん坊で、手がかかるから無理してくれることないんだけれど、
朝挽いた方が美味しいんだって。最初のうちだけ、なんだろうが、ね。」
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by chigsas | 2010-11-16 02:30 | 小説
調子良いこと言ってしまったけれど、
何もわからない人に教えるくらいなら、自分でしてした方が早い。

なにも言わなかった竹内さん、正直な人と思いました。
多分、次の日から竹内さんは、ちゃんと事務所に出てきました。
私とだいたい同じ時間にきて、自分の机を拭いて、仕事を広げる。

まだ、あの頃は原稿用紙使っていました。
柔らかい鉛筆で丁寧に原稿用紙を埋めていく。
そう、机を拭いたら鉛筆をシャープナーで削って、
机の右上の空き缶にたてるのが朝一番の仕事だったみたい。

境事務所の朝をちょっと思い出したけれど、ぜんぜん雰囲気は違いました。

鉛筆削りが終わる頃ちょうどお茶を入れると、美味しそうに、ゆっくり飲む。
私も、なんだか、ふーっと大きな息を吐いてしまうくらい、
時間がトローンと滑らかに流れました。

竹内さん、ちょっと足を引きずっていました。
当たり前の顔しているので、私も篠原さんも、
気にはしなかったけれどはっきりそう分かる程度のびっこ。

お茶を飲み終わって、竹内さんが
大きくて膨らんだ紙袋から出して机に広げた書類。
雑誌の割り付け用紙というものを、初めて見ました。
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by chigsas | 2010-11-08 11:10 | 小説