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下の兄が、頭の中に溢れそうなことをその場
にそぐわない明るい色で、
ポロッとこぼすように、話しだす。
「カネジッ!!」

お祖母様の鋭い声が飛ぶ。

くすんだ茶色の空間と時間が
すーっと靄のように流れ込んでくるのです。それで、

いっそう寒くなってしまいます。

細い田舎道のどん詰まりでした。
流れは急だけれど細い川から、
ろの山に向かう緩やかな斜面に
暗く茂ってしまった大木たち。

その中に
暗い大きな屋敷が沈んでいたんです。

少女が生まれる前の時間が、
その屋敷にどのように流れたかは、

知りません。

祖父が亡くなると直に、
年のはなれた祖父の弟が美しい嫁を取った。

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いつも、お祖母さまに手を引き戻されてしまう。
そして必ず、
一つ年下の妹が母親の割烹着の向こう側から
アカンベをして、パッと引っ込む。

いっそう口を固く結んで、
妹を見返すしかできなかった。

でしょうね。
様子、目に浮かびます。 

裸電球の下の土間、
夏でも、寒かった記憶しかない、
広い台所。土の色のかまど、
板の間の床もちゃぶ台も暗かった。

かまどの向こうに貼ってあった「火の用心」だけは、
「煤けていても赤」だった。
そこで、押し黙ったまま
夕飯を食べる人たちもみんな、くすんだ茶色だった。

なぜか皆、茶色の服を着ていました。
ちゃぶ台の上のものも皆、
くらい茶色でした。

あの頃はどこもそうでしたね。

「きょうさぁ、N先生がねぇ、・・」
下の兄が、頭の中に溢れそうなことを
その場にそぐわない明るい色で、
ポロッとこぼすように、話しだす。
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もうその頃、父親は、いなかった。
一つ下の妹が生まれると直に
なくなったらしい。

父の記憶は全然なかった。

淀んだ印象の実の祖母から、
少女ひとりにだけに手渡される、
田舎臭い駄菓子の土産。

「かなしい」
という言葉を初めて理解したのは、
その土産を受け取った
手のひらの感覚、

だったんでしょうね。

畑から遅く帰ってきて夕飯の支度に追われる母親と、
口をきかなくてもすむことだけが、
そういう時には救いだった。

ふだんは、
お祖母さまの顔色をうかがいながら、
母親のそばにすり寄って、
割烹着の裾を掴もうとしてみた。

のでしょうに・・・。

いつも、
お祖母さまに手を引き戻されてしまう。
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決まって夕方。

まるで影のように
台所からおずおずと入ってきて、
美しいお祖母さまと小声で話す老女。

隣町の叔父の家に先に寄ってきたらしい。

なぜ? そう思ったんでしょうね?

お祖母さま以上に冷たい叔父の妻。
あの叔母が、夫の実の母だからといって
あの老女を歓迎するはず

なかった、
でしょうね。もちろん。

叔父だって忙しかったろうから、
会えないことの方が多かったにちがいない。

会いたくなかったかもしれない、
でしょう?

いつも、おずおずしていた老婆。そのころは
お祖母さまよりずっと年寄りと思っていたけれど、
今の私と幾つも違わなかったかもしれません。

もしかしたら、
もっと若かった? 

かもしれません。
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やはりプラスティックの粒だったんですね。
ピンクともオレンジともつかないうすボケた色で
やわらかい。

ダイヤモンドと一緒に、一振りされれば、
ひとたまりもない。

傷ついてしまいますね。

プラスティックは何も言うことができません。

でも、ダイヤモンドは、
まるで自分が傷ついたように
言い張りました。

プラスティックの細かな、粉のようなカケラが、
ダイヤモンドの表面を濁らせるだけなのに。

傷つくのはいつも、プラスティックなのに。

でしょう?


一年に一、二度、姿を見せる女が本当の祖母、
だと、
誰から聞いた訳でもないが、

いつのまにか知っていたのです。
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手をつないでいても、心は
いつも反対を向いていました。

いいえ。反対なら、関わりがあるかもしれない
けれど、何のつながりもなかった。

空間に浮かぶ風船のように、二つの心は
すぐ傍に浮かんでいただけ、だったんですね。

お祖母さまは自分が出かけるどんな集まりにも、
わたしの手を引いて出かけた。

姉たちのお下がりだったけれど、オシャレな服を
着せられて、お祖母さまの自慢だった。

ほとんどしゃべらない口をきゅっと
結んでいたんですね。

「兄さんや姉さんの本、みんな読んだのよねえ。」
と目を細めてわたしをみる。

この人は、けれど、何の関係もない人。

知らないうちに分かっていた?
 そうでしょう。

気がつかないうちに、小さな爆発!

「フン!」
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そうかもしれない。

火の中に投げ込めば、燃える。でも、

ダイヤモンドは消えてしまっても、
姿をかえて残ったのですね。記憶を
火に投げ込んだとしても、燃え尽きる

ことはあり得ない、ですものね。

そう! ダイヤモンドを、
美しいと思った記憶はない。

お祖母さまが、小さな手を
握りしめる力には、
抗えなかったでしょうね。


その力の大きさが、そのまま
悲しみの大きさだった。

と、それを今、気がつく。

おかっぱ頭の少女と、美しい老女と。

いつも一緒でしたね。でも、
二人とも、孤独だったのです。

手をつないでいても、心は
いつも反対を向いていました。
a0134863_6432372.jpg 最初の一つは、何色だったのでしょう? 
ガラス玉? プラスティック? 
もしかしたら、固く冷たいステンレス
だったのかもしれませんね。

はじけたのは小さな粒、一つだけでした。
小さかったに違いありません。
彼女も幼かったのですから。

じっと前を見る真剣な目。
何も見逃さなかったからでしょう ね。

その小さな粒が心に残った。

それは、小さな嘘? 
ちがうかもしれませんが。



それこそが、真実だった。
小さなカケラだったから。

冷たいので、その感覚だけが、
やわらかな心に傷跡を残してしまった
のかもしれません。

       ずっと偽像だと思いこんでいたのでしょう?
「だから、 a0134863_8253742.jpg
あの窓は、やっぱり、
マリーさんの部屋の窓なんだ!
ねえ。」

わたしの身体の中を流れる
マリーさんの玉子の色と香り、

とろっとした黄身の舌触りと、
つるっとすべる白身の弾力。

あなたったら、
卵にもパンにも全然目もくれない。

冷えたバドバイザー
美味しそうに飲みながら、
コタツのスイッチを入れる。

私はあわてて、
ホットプレートのスイッチを切った。


ふん!

熱いじゃアないの! コタツ!?



「マリーさんの卵」 おしまい
つぎは  「突然はじけた?」
「ビールは、バド。バドじゃなけりゃー!」

あなたは歌いながら今頃、冷蔵庫開けてる。
「パンも玉子も冷めちゃうでしょ!」

塩もコショウも利いてないし、スクランブル・エッグというより
ペタペタの炒り卵。パンの上にのったバターの固まり。
ま、いいや。

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「あたし、
昨日の夕方
未だ少し
明るい頃、
マリーさん
見たんだ。

黒い帽子で、
長いコートも
やっぱり黒。

駅の傍の
小さな
お店先で」