あなた、今度こそ本当にページを閉じて、
「本」そのものを消してしまいましたね。
この20年近く、あなたの「本」から幽かにもれてくる音に
耳を澄ましてきました。
なんとか読み取りたいと私の感覚全部、髪の毛の先からつま先まで、
集中して・・・。でも、そのページはもう永久に開かれることがなくなってしまいまった。

あの時も私は、パタンとページが閉じられた音、聞きました。
でも、あなたは、ページを閉じたその「本」を、
心の一番底に隠してしまっただけでした。
だから時々、ちらっと「本」の影だけ覘くようにみえることがありました。
そうすると、あなたの心の中の細いせせらぎが立てている小さな音が、
聞こえてきました。
あなたは気づいていなくても、ゆったりと広がっているあなたの心の隅で、
まるで生きているように静かに呼吸しているページの息づかいが、
私には聞こえていたのです。

そのちいさなせせらぎで、私は少しずつ雪がれてきた、
と今、気づきます。

私鉄の駅のそばの、線路と細い路地に挟まれた小さな焼鳥屋さん。
あのころ、だけではなかったけれど、
私、いつも心の中に絡まってしまった糸玉を自分ではほぐしきれなくなると、あなたの事務所に押しかけてました。
一人で仕事片付けているあなたを待って、それから行く一番近いあのお店、
でした。

奥の席にうまく座れて、とりあえずビールのジョッキを半分ほど飲み干した私が話し始める前の、ほんのちょっとの間に珍しくあなたが口を開いた。

「僕たちの・・・」
「?・・」

つづく

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# by chigsas | 2009-07-02 17:10