5.下駄の足音

あなたが不愉快なときの、あのムッとふくらんでいく顔、見えるみたい。
「男のくせに、女よりよっぽど土手カボチャ!!」
って言うと、ふーっと感情がひっこんでいって穏やかに軽くなる。
そう言うときのあなた、私は今、とても好きだったんだと気がつきます。

田絵子さんに対するあなたの気持ち、あのころのほかの男の子たちとは
全然違ってたんだって、私が一番分かっているから、どうぞご安心を。でも、
私があなたの気持ち気づいてたなんて、ほんとはいやでしょう、ね、きっと。
私のことはあなたが誰よりも、母さんや父さんより、兄さんたちより、
もしかしたら、私自身より、よく知ってくれていたんだけれど・・・。

私があなたに隠したのはたった一つ。
あなたの中に田絵子さんが生きているの、知らん振りし続けたことだけ。

その晩、田絵子さんとあなたを美術室で見た日の晩、
いつもの通り兄さんたちの部屋にあなたが来ていると、気づいてたけど、
私、とうとう顔のぞかせることもできなかった。
用もないのに話のじゃまして兄さんに追い返されてばかりいたのに。

玄関の戸が閉まって、あなたが遠ざかっていく下駄の音、
美術室のシーンといっしょに、私の中で今も鮮やかです。
まるでさっき見て聞いたばかりみたい。

あなた、その晩はわたしが、挨拶もしなかったことなんて、
全然気がついていなかったでしょう、もちろん。
あなたと田絵子さんが二人だけの日暮れの美術室に駆け込んで、
すぐ出て行ったのが、
「いつも遊びに行く多田武の妹」だったとも、
思ってなかったかもしれない。

いや、もしかしたら、あのとき誰かが部屋に駆け込んで出て行ったことも
気がついていなかった?

そういえばあのころ、学校以外では、あなたいつも、下駄履きでしたね。
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by chigsas | 2009-07-14 20:14